■ アタマを抱える

説教臭いおやじ
最近はかなり減ったけれど
多くの若い人たちにインタビューしてそのエッセンスを探っていると
以前はそうでもなかったけど
言わずもがなのついつい説教臭いお話しになってしまうことがある
(あかんなぁ...)
素晴らしい若い人に出会うと
その行動や思考はどこから湧いて来るのか
もともとのポテンシャルがどのようなきっかけや指導で開花したのかを知りたくなる
そして どうしたらボクのところの若いのたちが成長してくれるのか
そのヒントにしたくなる

どういう人材が必要なのか まずそれを明確にする
現状はどうなのか 何が出来て何が足りないのか分析
そのうえで どのような教育や指導が必要なのか体系的に考える必要があるなぁ
余りにもその場限りの(その場しのぎ?)の付け焼刃的な指導教育しかなくて
若いのに「なるべき自分像(目指すべき自分像)」を明確に示せずにいるから
とにかく“叱られない”とか“上手く逃げる”とかそんな対応をしてしまうんやろなぁ...
同じ若いのが
続けて同じようなミスをしでかしてしまう
本人にも過失はあるし能力的な問題もあるのだろうけど
むしろ その若いのに対してボクが話してきた内容に問題はなかったのか
教育や指導と称して行ってきた方法に問題はなかったのか
日ごろからちゃんと分け隔てなく暖かく接してきたのだろうか
その辺をちゃんと反省したい

それはともかく
まったく何を考えているんだか
まぁ ボクは謝ったりアタマをさげるために存在しているんだからいいけど
その下げたアタマを抱えてしまう...
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by hangzhou21 | 2009-10-23 23:59 | けんちゃな日記 | Comments(0)


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